正月以来、小娘の機嫌が悪い。
今日、1月25日に至っては狐のキーホルダーにバカと書いた文を添えて投げつけてきた。
それに対して『わけがわからん』とメールして以来、返信も電話も無いどころかこちらから掛けても出ない。
また絵文字をつけなかったのが悪かったとでも言うのだろうか。そう思ってつけてみたが、それも無視だ。
『夕飯は済んだのか』に対する返事など、『はい』か『いいえ』かで済む。馬鹿で忙しくても多少体調が悪くても一瞬で返せるはずなのだが…。
「ていうかー好きだしー付き合えって感じぃーみたいなー」
もう少し他に言い様があるだろう。
そう言いたくなるような言葉をあの馬鹿小娘が投げてきたのは数ヶ月前のこと。
そういった関係にあるほうが、奴の行動を把握しやすく、危なっかしい真似をしたときに都合が良い。
また、人間心理の定点観測用に一人設定するのは、今後の研究に有益と言えよう。
このように極めて合理的な理由から、私は申し出を受け、今、私の立場はあれの彼氏ということになっている。
そのため、私が小娘に対して気をつかってやる必要が生じているのだ。
「しかし、デコメというのは面倒な……これで良いか」
『元気か』の一言を送信するのに何故10分もかけねばならんのか。とりあえず、女子供が好みそうな桃色の画面にしてやったから、多少は機嫌が良くなるだろう。
私が溜め息をついて携帯電話を置く頃には、早くもなんとか言う名前の、耳障りな声のアーティストの歌声がする。
あの小娘が好きな曲だ。
最初はどうでも良かったが、新しいグッズを見せられるたびに嫌いになる。あんな男の何が良いのか…。
まあそれは良いとして、小娘から返事が届いた。
返事が遅いと五月蠅いので、1人だけ着信音を変えてあるからすぐに判る。
「き、『嫌い』!?」
顔文字、絵文字なし、デコレーションなしでは怒っているようで怖い。かつてそう言って怒った小娘がこれを送って来たからには『怒っている』と言いたいのだろう。
意味が解らん。
携帯電話がミシッと言うので、壊れる前に放った。
―
結局、腹が立つので昨日は私も返事をしなかった。
普段のデート、秋祭りにクリスマス、実家には帰らないと言うから年末から 一緒にいて正月も祝う。
付き合いだしてからこれまで、私の彼氏っぷりは完璧だったはずだ。
年賀状をメールで済ませて手抜きをしたのは向こうだ。
考えていると苛立ちが募る。
「あ、あのぉ…」
溜め息を吐いていると、横から遠慮がちに声がかかった。ナース達だ。笑顔を用意せねばならない。
「どうしましたか?」
「玉藻先生って、昨日お誕生日でしたよねっ。お休みだったから渡せなくて、1日遅れてしまったんですけど…」
そう言えば、『玉藻京介』のプロフィールには髑髏の主の生年月日を流用した。
聞かれればそれを答えている。馬鹿小娘が休めとうるさいので休暇を取った日でもある。
「遅くなってすみませんがこれっ!私達からです」
「ああ、ありがとう」
最近の人間は生まれた日そのものを祝うらしい。谷に帰ったら情報を更新しておかねば。
「それから~これは私から個人的に…v」
「あっズルい!抜け駆け禁止よっ!!先生、私からも~」
我も我もと押し寄せるナース達に笑顔を返しつつ、私は小娘の顔を思い出していた。
奴の機嫌が悪くなりはじめたのはクリスマス頃からだ。
そして正月に奴が完全に怒ったとき、私は「一つ年をとったな」と言ったのだ。
それに対して小娘は「遅いし」と言ってそっぽを向いたのではなかったか…。
「しまった…」
小娘が『もうすぐ誕生日』と言い出したのは12月の半ば。気が早いと思っていたが、違ったのだ。
おそらく、誕生日は、12月。クリスマス前なのだ。
休憩時間に携帯電話を開く。
よくよく見れば、連絡を取るために必要な情報以外の項目が全て埋めてある。
誕生日は、12月21日だ。
やはり電話には出ないので、呼び出しのメールを送っておいたが来ないのは解っている。
場所の特定は妖狐の私の手にかかれば容易いので問題ない。
抵抗が予想されるが、幻視の術を使うので人目も問題ない。
「あんたの顔なんか見たくもないし!帰れ、性悪狐!!」
「うるさい!とりあえず乗れ。ああ、それから…今年この日は空けておくように!」
普段と違うルートからこそこそと帰る途中らしい馬鹿小娘を発見し、すばやく車内に放り込む。
抵抗を諦めたのを見計らい、携帯電話の、小娘が勝手に打ち込んだアドレス帳画面を突き出した。
「…」
「…遅いし」
依然として口を尖らせたままではあったが、目元が笑っているのでこちらの意図は伝わったようだ。
表情変化にはパターンがあるので、よく見ていれば小さな変化から心理面の動きを読み取れる。
日々の観察の正しさが証明されたようだ。
気分が良いので撫でてみたら、ついには口元にも笑みが浮かんだ。本当に機嫌が良くなったらしい。
そのまま抱き寄せようとしたところで、視線に気付く。
クダ狐どもが小娘のカバンやポケットの隙間からニヤニヤしながら覗いてひそひそ囁き合っていた。
この無礼者どもが、同じ狐の妖怪である私に聞こえないとでも思うてか。
というか、わざわざ指の隙間から見るな!
睨みつけると、目が合った一体が慌てて引っ込み、それを合図に全個体が隠れた。
視線もなくなったが、完全に興がそがれた。
ついもれたため息に、小娘が不思議そうな顔をした。
間が悪いので、車を出す。
もう今日は適当にドライブでもしながら小娘を送って帰ろう。
「……コホン、12月21日は、クダ狐は自宅待機させておくように…」
「は!?」
妙な沈黙の原因は排除されて然るべきだ。
その状況下ならば、より完璧に恋人らしい時間を作ることができるだろう。
いいなと念を押せば、黙りこくった小娘の顔が見る間に赤くなっていく。
はて。特に照れさせた覚えは無いが…。
「ひ…人の誕生日に何するつもりっ、て感じっ……〜変態!」
「え?いや、まだ詳細は…あ、こら危ない!!」
信号待ちで止まった僅かの隙に小娘は飛び出した。かわすほどの身体能力など無いくせに、バイクが来たらどうするつもりなのだ。
馬鹿はあっちなのだが、時々振り向いてはバカだのエッチだの喚いている。
意味が解らない。
帰宅後、「馬鹿は貴様だ」とメールを送ったらまた返事が来ない。
許しがたいので今度は徒歩でさらおうと思う。絶対に逃がさん。
☆★☆★☆★
たぶん携帯、おそろいか色違いだと思う。